ブラジルでの生活1


地球の裏側のブラジルってどんな所?
サッカー王国!サンバの国!
でもそれだけじゃないよね・・・・・


私の住んでいたリメイラ市は、サンパウロから内陸側におよそ150km離れた離れた小さな田舎町。
さとうきびとオレンジ畑にかこまれている。
鹿児島では桜島の灰がふってくるそうだが、ここリメイラでは乾季になると空からさとうきび灰がふってくる。(収穫のときにさとうきびを燃やすため)
治安はまぁまぁよく、昼間なら外へ散歩に出ることが出来る。
しかし、家には高い高い外壁をつくり、アパートの入り口には必ず守衛さんがいて、不審者をみはっている。日本の治安のよさとはやっぱりちょっと違うようだ。
リメイラのセントロ(高層アパートが立ち並ぶ)
アパート前 土日は人気が無くひっそりしている。

リメイラの町は碁盤の目のように道路が綺麗に区切られており、
車道には中心に入る手前にロンバーダーという障害物をつくっている。
車のスピードを減速させるためのもので、かなり小高い障害物なので、
減速しないと車がひっくり返るか、車の天井に頭を打ってけがをしそうである。
ヨーロッパ系の移民が多く住み、いきれいなまちである。もともとブラジル人はとてもおしゃれ。
ポリ100%の安い服でも上手に着こなし、みんなカッコよくきめている。
私が同じようにその服をきてもダサダサである・・・どうしてぇ〜?
セントロ(中心部)には郵便局が1つ。銀行はたくさんある。
郵便局にはとてもお世話になった。
みんなとても親切にしてくれ、私の一番好きな思いでの場所でもある。
一度、銀行をさがしていたときに警官を見つけたので道を聞いてみた。
自信たっぷりに教えてくれた場所には・・・銀行の気配はまったくなかった。
ブラジル人に道を聞くときは3人に聞いてみた方がいいと知人が話していたが・・・。
 
じつは、ブラジルの警官ほど信用できないものはないらしい。
下っ端の警官は低賃金で雇われているため、ワイロにとても弱い。
スピード違反に厳しいブラジルでは膨大な罰金の規則がある。2回、3回とつかまると信じられないほどの罰金をとるらしいのだ。
友人(日本人だがブラジルで家族と家をもって暮らしている)が、私の出産のお祝いにかけつけてくれる途中にスピード違反でつかまった。しかしその友人はもはや3回の違反をしていたらしい。
「言葉が話せない日本人の友人に、今、赤ちゃんが産まれそうで困っている!私がすぐに行ってやらないといけないんだ!!」と言ってお金をそっと手渡すとブラジル人特有の人情深さもあまって「いけっ」と許してもらえたんだって。
こんなことは、結構普通にあるようだよー。
(でもお金の渡し方にも一工夫いるようだけど・・・)
 
お店は大型スーパーマーケットが1軒(現在つぶれたらしい)。
小さな店が何軒も連なってあり、昔の日本の商店街風(洋風の)と言った感じ。
24時間コンビニもファーストフード店もなかった(現在、コンビニとマクドナルドが来たらしい!)。
スーパーは広いが品物の種類が少なく、数が多い。滞在当初、レジにならんで驚いた!
レジの店員のとろいこと、とろいこと!日本だと1日で、いや1時間でクビになるだろう・・・。
知り合いの客がきたときにゃー、他の客がずら〜と並んでいてもぺちゃくちゃおしゃべりが始まる。
しかし人間不思議なもので慣れるとそれがあたりまえになってくるんだ・・・。
帰る頃にはぼーっと待っていられるように・・・すっかり気分はブラジル人だった。
ブラジル人の買い物の仕方は豪快だ。昔から続いていたインフレの影響だと思うが、給料日後にはショッピングカー(それも日本のショッピングカーのかるく2倍の大きさ)を2台も3台もつらねて食品を買い込む。
1つの食品をちまちま買うのではなく、だいたい1ダースや半ダースのような量で買っている。
油を1ダース近く買い込んでいる人を見たときはびっくりした。(結構たくさんいる)
リメイラのショッピングセンター前
 
とても辛かった思い出がある。出産後はじめて近所の床屋へ行ってみた(夫の薦めで)。
小さなお店にイスが2つおいてあるのみで、シャンプー台などはない。
愛想のいいお兄さんが「どんなのでもできるよ〜」と自信たっぷりに言い、
ヘアーカタログを見せてくれて選べという。
美人のお姉さんがいっぱいで、どれもかっこいいが、本当にこのお兄さんできるのかなぁ・・・
少し心配になったがとりあえず「これっ」とショートカットを指定してみた。
はさみ1本で不器用に髪の束をじょきじょき切っていく。
途中で「まずいっ」と思ったがもう遅かった・・・。
ザンギリカット・・・前髪は綺麗にそろったおでこの上・・・。
これなら自分で切った方がましだよぉ・・・。
すっごくすっごく悲しかった・・・がもう遅い。マタニティーブルーが続いていたのも重なり、その晩・・・・荒れて荒れて荒れまくったのはいうまでもない。
その後少し髪が伸びてからは二度とそこへはいかず、80km離れているカンピナスの日系人が経営する美容院へいった。
その美容院はとても流行っていて、カット&パーマのお客さんだけでなく、ネイルケアを楽しむ女性客がいっぱいだった。
爪を美しくしてもらいながらぺちゃくちゃとお話をするのが若い女性の楽しみらしい。
 
毎週のように通った場所がある。フェイラ(市場)だ。
ブラジルは食料品はとても安い。
フェイラでは新鮮な比較的きれいな野菜が手に入るので大好きだった。
人々もとても気さくで親切♪
卵やさん。よく働く息子さんにいつも感心!
LLサイズ1ダース約130円
バナナやさん。いろいろな種類のバナナがあるんだよ!
八百屋さん。スイカが甘い♪

ブラジルでの生活2


ブラジルでの生活は楽しかった?
・・・・ほんとはね。



ブラジルでの生活は楽しいことばかりではなかった。言葉の壁。そして物にあふれている日本で価値観が麻痺している自分に気がついたこと。
「豊かさ」を「アミーゴ(友達)」とするブラジル人たちに対して、「豊かさ=物質」としてしまう自分にはじめて気づいたのだ。心の中では大切なのは物じゃない!心だ!!とわかっていても、30年も蓄積された日本の物にあふれた生活をすぐにはすてきれなかった。
ブラジル製のあらゆる物にケチをつけた。大きいだけの電気製品。使いにくい台所用品。ちゃちい文具。質の悪いベビー用品・・・・。日本人の体型に合わない服に靴・・・・。
こんなものなくたっていくらでも豊かに生きていける―それが本当にわかるまで1年かかった・・・。
 
ブラジルに少し先に単身で赴任していた夫が電話でこういった。
「ブラジルには何でもあるよー。何でもこっちでうってるから、何にももってこなくて大丈夫〜」
「そうかぁ〜、何でもあるのかぁ〜」と信じた私は、大切なことを忘れていた。
夫はまさに「いいかげん」な性格の持ち主だったということに・・・・。
1990年に夫は研修で一度ブラジルにきていた。輸入禁止だったそのころに比べると、関税をかけるがほとんどのものが輸入できるようになったブラジルには、いろいろな商品が増え、人々の生活は安定していた1997年。
私は渡伯してはじめてわかった。夫の「なんでも」は生活するうえで最低限の「何でも」だということに・・・。
 
会社から車を与えられた。ブラジル国産車。オモステ。カーステレオなし。そしてエアコンなし。
アパートは夢のような広さ。でもバスタブなしのエアコンなし。(後に古〜いバスタブをかりてとりつけた)
A型ベビーカーを買った。最新のもので2万円くらいしたが、重く、小回りがきかず、使いにくかった。日本のコンビ、アップリカを知ってしまったゆえの悲しさである。
赤ちゃん用品も最低限しか送っていなかった。紙おむつは分厚く、大きく、通気性が悪い。サイドギャザーって何?のレベルだった。ベビーフードもガバーの瓶詰めがあったが、やっぱり日本のすごすぎるベビーフードの種類や質にはとうていおよばないものだった。
もちろん、ゆらゆらするベビーラックもないし、プレイジムもな〜い。あーーっ!!
でもね。今考えると、日本も昔はなかったもので「なくてもいい」ものなんですよね。でもあることを知っている私としては手に入れられないことが逆にストレスに・・・
子供をつれての車でのお出かけは、エアコンがないのでいつも窓全開。でも全開したって暑いものは暑いっすよぉ〜。子供がぐずってもカーステレオもないので、いつも夫と二人で大声をはりあげて歌を歌った。(小さい声だと窓を開けてるしエンジン音で聞こえないの〜)
子供番組「おかあさんといっしょ」をビデオにダビングしてもらい、日本から送ってもらって、毎日それを見ながら覚えた歌。
「いちごはいちご」「ぞうさんのぼうし」「どんな色がすき」「体操のうた」など。
歌がとぎれないようにするには「どんな色がすき」が一番!ぐんじょ色だの藍色などもとりいれてとにかく長〜くなるようにうたった。「ぞうさんのぼうし」もゾウさんの帽子に入っていく動物をいろんな動物にたとえて・・・でも”きりんさん”はなんて泣くのかわからず歌がとぎれることも・・・・
家につくころはいつものどがボロボロだった。
 
結構ショックだったこと・・・それは似合わないベビー服。ブラジル製の服はどちらかというとデザイン重視。首が据わってない赤ちゃんの服も後ろあきでボタンというのが多い。そして・・・胴が短く足が長いのだー。
ブラジルの友人からいただいた服を着せてみた。首から股にかけて布地がやぶれんばかりに張り、カバーつきの足先にはまったくとどいていない足。
「遠山の金さん」状態だった。(足先ぶ〜らぶら)
 
あまりの期待はずれの状態ですっかり購買意欲をなくしてしまった私を、友人が買い物にさそってくれた。カンピナスにある輸入ベビー用品店でciccoのブランドを取り扱っていた。ここはどこ?というようなきれいなディスプレイにちょっぴり感動した私だったが、その値段に驚いた!定価の2〜3倍でうられているのだ。フィッシャープライスのおもちゃなどはブラジルのお金持ちの間で需要が高まっているそうだが・・・庶民的な給料しかいただいてない私達には輸入品は高嶺の花だったのだ・・・。
 
ブラジルで住む駐在員たちは口を揃えて言う。「ブラジルはいい所よ〜。日本に帰りたくないわ〜」と。そこまで言わせるブラジルの魅力はなんなのだろうか・・・。でもサンパウロなら日本の食材も簡単に手にはいるし、ある程度の生活を保障されてたらいいよなぁ〜なんてひがんでみるものの(はっきりいってただの逃げのひがみ)・・・たった1年間では「日本に帰りたくない」と言うことはできなかった。
ブラジル人はみんなよくこう聞いてくる。
「ブラジルはどうだ?」
最初は「マイ・ゾウァ・メノス(よくも悪くもない)」と答えていた私。こう答えると「なぜだっ?」と不思議そうにするブラジル人。
ブラジル人は世界で一番ブラジルがいい国だと思っている。そこまで彼らに言わせる魅力は何なんだろう!?
不便な生活が普通になり、慣れてきた(あきらめてきた)頃・・・それは約1年後。
「ブラジルはどうだ?」と言う質問に、ようやく「好きだよ!」と心から言えるようになっていた。
「そうしたら、ブラジルにすめばいいっ!ずーっといればいいっ!!」
えーーっと・・・それは遠慮しとく・・・と心の中でつぶやく帰国直前の私だった。


ブラジルのたからもの



男の子用水着
とーーってもおしゃれで素敵♪
日本にはない柄でお気に入り。もちろん大人気よ!
 

女の子水着
これが2歳の子の水着って誰が信じる!?(笑)

 
おなじみブラジルサッカーユニフォーム
日本へ帰国する前に、お友達からいただいたもの。
 
カンピナスのフェイラ(日曜市場)で売っていた子供服。
手作りの女の子用子供服がいっぱいうってあり、めちゃくちゃかわいい。
たくさん欲しかったけど、女の子はいないし・・・
お友達の娘さんに1着だけかってあげたら、この度おさがりで戻ってきたわ♪
 
クリスマスリース。
お友達から送っていただいたもの。
派手さがすてき♪ブラジルのサンタさんはクリスマスは汗だくって知ってた?
 
ブラジルでお世話になった方からのカード。
おぼえててくれることがうれしい・・・・
 
これってなんだと思う?わたし長〜い枕カバーだと思ったの。
袋いれだって(ほんとかな?そう聞いたんだけど・・・)。
うちではスーパーの袋をつめて・・・すっごく便利で大活躍!!
右はティッシュ入れ。ブラジルの方は刺繍がみなさん上手で美しい。
 
ブラジルでもっともお世話になったフォト・クルゼイロの
キクチさんからいただいた、出産祝いのアルバム。
ブラジル語でのアルバムは今となっては本当にたからもの・・・。
 
ブラジル滞在中、1日もかかさず書いた育児日記。
これもやっぱりたからもの・・・・。
 
たからものはいっぱい・・・でも一番のたからものは思いでかな?

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