わっ

第 1 巻
冬 号
2001.12.30

ラート協会オフィシャルホームページ
 http://www.rhoenrad.jp   
 e-mail office@rhoenrad.jp

目次

ラートのルーツを探る旅
    大塚 隆(東海大学)

第7回全日本ラート競技選手権大会

大会ベストショット

事務局便り 

編集後記

情報誌「わっ」の再発刊に寄せて

        日本ラート協会 会長 本村 三男

 去った全日本大会では、皆さんの意欲あふれる素晴らしい演技の数々に心打たれました。

 目下のところ、この大会が一同に集う唯一の機会であり、お互いの今を確認する情報交換の場となっていると思いますが、この度、協会広報部の尽力により新たな交換の場としてラート情報誌が再発刊の運びとなりました。

 各地で活動されている皆さんの情報や協会からの情報も含めて、これからを共有することでラートの普及発展に大きく寄与するものと期待しています。

ラートのルーツを探る旅

 

 2001年8月3日、日本スポーツ少年団の仕事でドイツに滞在していた私は、幸運にもラート発祥の地訪問シゥーナウ(Schoenau)を訪ねることができました。私がラートに携わっていることを知っていたドイツスポーツ少年団の粋な計らいでした。仕事の合間にラートの歴史や考案者オットー・ファイク(Otto Feick)についての話を聞くことができましたので、ここに報告します。

 ラートはドイツ語ではルーンラート(Rhoenrad)と呼ばれています。ルーン(Rhoen)地方でつくられた輪(Rad)という意味を持っています。ルーン地方はバイエルン州の北端にあり、シゥーナウはフランクフルトの西北西約100km、近郊の大きな市はバート・ノイシュタット(Bad Neustadt)です。地図で見つけるのは至難の業です。

 私が訪ねたのはDJKシューナウというスポーツクラブでした。ドイツではラート発祥のスポーツクラブとして有名だそうです。バスケットボールコート一面ほどの体育館では現在でもラートは行われています。体育館から約50m離れた道沿いにはラート記念碑が建てられていました。記念碑を見下ろす丘の上の教会では、オットー・ファイク(1890〜1959)、妻パウリーゼ(1890〜1978)、息子フリッツ(1915〜1946)のお墓を見つけることができました。息子フリッツは第二次世界大戦においてソ連の捕虜となり、脱走し殺害されたということでした。体育館から約300mの所には、当時ラート工場だった建物が残されており、壁面にはラートとファイク氏の名が刻まれていました。

 ファイク氏はフランス国境の町に生まれましたが、戦争によってフランスを追われ、奥さんの実家であるシューナウに移り住んできました。子供の遊び道具として最初に作成されたのは1923年だったようです。貧しかった彼は、ラートのパテント(特許)を世界各国で申請せざるを得ない生活だったということです。1927年(昭和2年)、日本でラートが「タイヤー運動具」として特許申請されていた謎が解けました。1936年ベルリンオリンピックではラートの演技がヒットラーに認められ採用されたそうです。1959年には、体操の一種目としてドイツ体操連盟(DTB)に認知されています。

 村と呼ぶのがふさわしいシューナウの静かな田舎では、今なおオットー・ファイクの名が語り継がれ、ラート発祥の地としての歴史を刻んでいました。ラートに巡り逢うことができた喜びと、ラート発祥の地を訪れることのできた感動を味わった2001年の夏でした。

目次に戻る

第7回全日本ラート競技選手権大会を振り返って

来年こそは!   

松本 陽一(東海大学開発工学部ラート体操部)

 大会で演技を決めるにあたって確実にできる技をやるのが上位に入る必要条件です。しかし、今大会はついつい自分のものになっていない技とかを演技に入れ、結局失敗してしまいました(宙返りおりの着地を決めたかった・・)。やはり、うまい人の演技は余裕があり、技をやるのに必死さが見えない、本当に自分のものにしていると感じました。来年は一か八かでやっている技を完全に自分のものにして、さらに磨きをかけて出場したいです。

良き仲間と「雄大、かつ華麗」な演技を!

本谷 聡(東京芸術大学非常勤講師)

 もとやです。5月の世界選手権大会から11月の全日本選手権大会まで関係者のみなさん、お疲れ様でした。改めて大会や発表会というものは多くの人達の手によって支えられているのだなと再認識させられました。同時に感謝致します。

 さて、今回の全日本を見ていていろいろなことを感じました。選手は様々な思いを持ってこの大会に参加しています。「世界大会を目指している選手」、「参加することが目的である選手」、「一風変わった技を披露して会場を沸かすことを考えている選手」等々。しかし大会である以上、難しい技術を安全に、かつ雄大に華麗に演技を行わなくてはなりません。今大会において、十分習熟した演技を行った選手は私も含めひとりもいなかったように思います。私は上手くなるコツは、まず活動をしているグループ内に「良き仲間」を見つけることだと考えています。安全にひとりでできるようになった「技」をそれで良しとするのではなく、その「技」をより質の高い「技」へ向上させ、より雄大で華麗な演技に挑戦して欲しいと強く望みます。そのためには不可欠なのが「良き仲間」なのです。何度も補助し合い、確認を繰り返して「技」の質を高めていきます。どうも日本の選手はひとりでコツコツ練習する傾向にあります。これでは限界があるように思います。ひとりでできるようになった「技」に関してもいろいろな人にみてもらい、アドバイスをもらうことによって、観客の目を奪うことができるような演技を目指したいものですね。

 

「目標達成?」

深瀬 友香子(筑波大学体操部)

 実は私、前回の日本選手権から約5ヶ月間、ラートに触れてなかったんです。その時はいろいろ考えすぎて、ラートの面白さがわからなくなっていました。そんなわけで今回は、ラート復帰第一弾の大会ということで、少し特別な思い入れがありました。一番の目標は、まず楽しむこと。いろんな人の演技を見て一喜一憂し、ついでに自分も気持ちよく演技できたらそれで満足。そんなわけで、晴れて目標を達成することができ、前よりもっとラートが好きになりました。ラート協会の西井さん、東海大学の大塚先生をはじめとして、このようなすばらしい大会を企画・運営してくださっているすべての人たちに御礼を言いたいです。ありがとうございました。

「こてっ」

桧皮貴子(筑波大学体操部)

 怒濤の11月が過ぎ去った今、私はちゃんちゃんこをはおって、こたつむりの状態で熱にうなされながらこの文を書いています。(もっと早くに書いておくんだった・・・(T-T)) 

 11月は我が筑波大学体操部はめちゃめちゃ忙しい。行事が目白押しなのです。代々木第一体育館でGボールをやりながら観客に笑顔でアピールしていると思えば、二週間後にはラートの乗ってここぞと言わんばかりに真剣な顔で演技をしていました。

 筑波大はそれぞれなかなか良い成績でした。私自身も完璧な演技ではなかったのですが、結果を出せたことは嬉しく思います。しかし、表彰台から降りた時点で、新しい一歩を踏み出したと私は思っているので、また来年に向けて、またスタートラインを出たところです。

 その一歩目でずっこけている私は大丈夫なのだろうか・・・

『跳び越し』

但馬 絵美子(筑波大学体操部)

 2001年、間もなく21世紀最初の年が終わる。私にとって今年は色々な事が『初めて』の年だった。初めての大学生活・寮生活、体操との出会い、そしてラートとのご対面。体もがちがちにかたい上に倒立もできない状態での、ある意味自分自身への挑戦だったのかもしれない。

 このような訳で第七回全日本ラート選手権は私にとって大事な通過点であった。中でも一番自分の中で大きく印象に残ったのは跳び越しであった。私は開脚座り跳び1/2ひねりをした。大会に来られた方の中で、なぜこの演技の時に筑波大学の中で「お〜っ!」という歓声が沸いたのか疑問に思われた方がいらっしゃったことだろう。

 理由は次の通り。実は秘密で1/2ひねりを練習していたからである。私は一週間前の跳び越しの練習で何とか少しでも点が上がらないかと思っていた所、2年生の先輩方に1/2ひねりを教えていただけたと言う訳なのだ。しかも、内緒で特訓して当日に成功させるという秘密作戦まで一緒に考え、私の心はかなりワクワクしてきた。
このワクワク感は当日の自分の演技直前で一番に高まり、緊張することなく自分の順番を迎える事ができた。今でも本番の1/2ひねりし終わった時の満足感は忘れていない。あの演技に満足したのではないが、なぜだか自分自身に満足感を得た。また、跳び越しの練習を見てアドバイスをして下さった先輩方、1/2ひねりを教えてくださった先輩方にも感謝の気持ちが膨れ上がった瞬間でもあった。跳び越し部門で結果として入賞できたこともまた嬉しかった。ギリギリ8位入賞することができたが、これもまた1/2ひねりを教えてくださった先輩のおかげである。その0.2点が小さいようで大きな点だった。
 どんなに可能性がなくても、何事も諦めないこと!最後までジタバタ頑張ること!
これが今回のラート選手権で得た教訓かもしれない。

PS
秘密特訓で怪我をされぬよう、十分ご注意下さい。何人かには秘密を打ち明け、怪我のないよう補助してもらいましょう。

目次に戻る

事務局便り 日本ラート協会より

  1. ラート協会オフィシャルホームページ新規開設の件
    URLアドレスは、http://www.rhoenrad.jp です。

    ラート協会(事務局)へのメールアドレスは
    office@rhoenrad.jp となります。
    ご意見、ご要望、掲載してほしい記事などお寄せください。

  2. 「世界チームカップ大会選手」および「エリート講習会参加者」の件
  • 第1回世界ラートチームカップ選手権大会が、2002年3月23日(土)〜24日(日)にドイツ(wurzburg)で開催されることになりました。

日本からは下記の選手が招待されて出場します。
 本谷 聡 (東京芸術大学非常勤講師)
        直転・斜転・跳び越し
 西井 陽平(東芝ITソリューション)
        斜転
 若山 厚子(つくば看護専門学校2年
        直転
 檜皮 貴子(筑波大学3年)
        直転・跳び越し

 なお、選考の条件は国際ラート連盟より提示されたもので下記の通りです。(2001年11月に行われた全日本大会の成績は一切関係ありません。) 

出場資格(「国際大会組織委員会」より提示)

  1. 2001年5月に行われた「第4回世界選手権大会」(以下、「世界大会」と略)に出場した選手
  2. 世界大会で団体種目に出場した選手
  3. 世界大会で上位8位に入賞した選手

 附則

  1. 上記の大会に日本から派遣する国際審判員1名は、   大塚隆(東海大学)です。
  2. 上記の大会に出場する国(招待された国)は、日本・ドイツ・ノルウェー・スイス・オールスターの5ヶ国です。
  • エリートキャンプの参加者について

 国際ラート連盟より提示された参加資格(下記)を満たしている選手の任意により、下記の通り決まりました。

 本谷 聡 (東京芸術大学非常勤講師) 
 若山 厚子(つくば看護専門学校2年)
 檜皮 貴子(筑波大学3年)
 吉川 泰昭(琉球大学3年)

 参加資格

  1. 2001年5月に行われた「第4回世界選手権大会」(以下、「世界大会」と略)に出場した選手
  2. 世界大会で8位まで入賞した選手

大会ベストショット

試合結果 

大会前夜
レセプション
「乾杯!」

開会式
「ママ 
頑張ってね。」


直転

男子の部
表彰式

女子の部
表彰式

斜転

女子の部
表彰式

男子の部
表彰式

跳び越し

女子の部
表彰式

男子の部
表彰式
総合部門

男子の部
表彰式

女子の部
表彰式

パフォーマンス

ママ おめでとう

全員集合
編集後記

 しばらく休刊中だった機関誌「わっ」を復活することとなりました。
 時代も新たに、インターネット上での発刊です。ネットの持つ即時性や相互発信といった利点を生かして、季節ごとに年4回程度を目指してみなさんのお手元に届けたいと思います。
 つきまして、どんな些細なことでも結構ですので、お気軽に以下のメールアドレスまで情報をお寄せ下さい。
  haseg@taiiku.tsukuba.ac.jp
 こうした情報発信に興味をもってくれる「わっ」編集委員も大募集します。
 激動の2001年も終わろうとしています。来年は、穏やかで平和な年になることを祈りたいと思います。
 よい年をお迎え下さい。次回、春号をお楽しみに。

         (Nao Hase)

 目次に戻る
ラート協会オフィシャルホームページ http://www.rhoenrad.jp      office@rhoenrad.jp
最終修正日: 01.12.30