哲学ファンタジー小説

 

 

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Part I    秋音

めまぐるしく回転する青い渦。唐草模様に似た青い渦が、床に埋め込まれたモニターの画面一杯にまわっている。

渦の中心には太い柱があり、らせん形に巻いた青い腕がいくつも生えている。腕にはウロコのようなパターンがあった。大きな渦は、周囲の小さな渦を飲み込もうとしてせめぎあい、境目で激しい領土争いをしている。渦の腕は画面の端で折れ、まもなく一つ渦が画面を制して、大きな渦に成長した。

 

「ザボチン渦じゃないか」

 

相原信二郎は、うっかり渦を見つめてしまった。激しいめまいと共に、渦は視野一杯に拡がり、相原はその中に倒れ込みながら、思った。

 

 

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Part II    海岩

大陸性高気圧の張り出しが緩んで、晴れ間が多くなった。ツララの先に水滴が見えるようになって、春のかすかな足音が雪や風の中から聞こえてきた。

長い冬はやっと溶け、短い春がやってきて、世界は元の大きさに膨らんだ。

 

ケルンの林立しているコルから出ると、気後れする鋸のような鋭い岩が続いた。このやせ尾根は、全神経を集中しないと危険な箇所だった。

稜線に居座った大岩を巻いて、稜線の難所は終わった。尾根はなだらかに高度を失って黒い針葉樹の森に入った。縦走路は岩や樹々を巻いて蛇行している。下界は曇っているのか、濃霧なのか、それとも翳りなのか、視界がよくない。上空の晴れ間は塞がりだしていた。

稜線上に、見覚えのない尖った岩峰があった。それは、ここが終点だと告げているかのように、威圧的だった。振り返れば、縦走路はかすかに翳ってきている。

 

Part III    北旅

「君はまちがっている」

 

講師は激高して、真っ赤に焼けた火かき棒を質問者に突き出した。

 

「ま・ち・がって・いる! 哲学には基本問題など存在しない。それは言語がもたらした縺れにすぎない。それがどうしてわからないのだ!」

 

そのとき、前列に座っていた白髪の年輩の教授らしき男がするどい声をだして警告した。

 

「火かき棒を床に置き給え!」

 

講師は火かき棒を床に投げ捨て、聴衆に背を向けると廊下に飛び出した。ドアは強く叩きつけられて閉じた。

ドアの陰で立ち聞きしていた沢木は、男に突き飛ばされ、激しく壁に押しつけられた。そのとき、男の頬に鳥の翼のようなアザが見えた。この鋭い顔をどこかで見たと思ったが、とっさにその記憶を探し出すことは難しかった。

 

(この第3部は、拙著「チューリングを受け継ぐ」(勁草書房)の付録3として、すでに印刷出版されています。転載をご許可頂いた勁草書房に感謝します)

 

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