司祭からのメッセージ 2018年10月

「あなたには私の恵みで足りる」

 昔のことですが、私は、みこころ会の司祭になるため、初めて日本を離れ、合衆国(がっしゅうこく)に行きました。1年間の修練後(しゅうれんご)、神学校に移った最初(さいしょ)の年に、1年先輩(せんぱい)の神学生と大変気まずい関係になり、悩んでいたことがありました。その先輩(せんぱい)と顔を合わせるのも辛く、出来るだけ相手を避(さ)けながら過ごしておりました。1日中元気が出ない日が何日も続いたように思います。

 自由時間(じゆうじかん)を見つけては聖堂に行き、その悩みから解放(かいほう)されるように毎日祈り続けました。しかし。いくら祈っても何の変化もありませんでした。ある日、同じ祈りの繰(く)り返しに疲れ、聖堂の長椅子(ながいす)でポカーンとしていたとき、ふと近くに聖書があるのに気付き、何気なくそれを手に取り、無造作(むぞうさ)に開いたページに目を落としました。すると、突然(とつぜん)、そのページから「あなたには私の恵みで足りる」ということばが、浮き出たように目に飛び込んできたのです。

 その時の驚きと喜びは、どう表現(ひょうげん)して良いかわかりません。勝手(かって)な解釈(かいしゃく)とも言えますが、とみかく、その時、私としては、神が私の祈りに直接(ちょくせつ)応(こた)えてくれたと直感(ちょっかん)したのです。胸(むね)がおどりました。 

 ふつうの英語の聖書のこの個所(かしょ)は、「恵み」をgraceとしておりますが、たまたまその時手に取った聖書は「恵み」をfavorとしてあり、英語が未熟(みじゅく)な私は、favorからfavorite「大好き」という言葉を連想(れんそう)し、「私は、お前が大好きなのだから、それで充分(じゅうぶん)ではないか」と主が応(こた)えて下さったように思ったのです。−  

 その後、その喜びの体験のお陰で、先輩(せんぱい)との悩みから解放(かいほう)され、その先輩が全く気にならなくなりました。

 復活(ふっかつ)した主が、いつも共に居て語りかけて下さることに感謝(かんしゃ)します。

カトリックつくば教会担当司祭 山田 宣明