司祭からのメッセージ 2017年12月

「クリスマス」

例年(れいねん)より寒い日々が続いておりますが、イエス・キリストの誕生(たんじょう)を祝(いわ)うクリスマスを迎(むか)える月となりました。クリスマスは、「キリストのミサ」という意味です。それは、「独(ひと)り子を与える程」私たちを愛(いと)おしく想って下さる神の深い想(おも)いのお祝(いわ)いです。目に見えない神が、目に見える人間としてこの世に来られた出来事(できごと)の祝いです。

しかも、神の私たち人間を大切に思う心が、あまりにも深いので、人間になるだけでは足りず、人間に食べられるパンの形にまでへりくだり、ご聖体(せいたい)として私たちの内に来てくださいます。全宇宙(ぜんうちゅう)の創(つく)り主である神が、食べ物として私たちの中に入って下さるとは、何と驚くべきことでしょうか。「天(てん)文学的(もんがくてき)数字(すうじ)」等という以上に驚くべきことです。私たち人間の体験(たいけん)や想像(そうぞう)を遥(はる)かに超(こ)えることと言えましょう。それ程神様の愛が深いということですね。

因(ちな)みに、イエスが生まれたベトレヘムという地名(ちめい)の意味(いみ)は、「パンの家」だそうです。そこで、家畜(かちく)に食事を与える「まぐさ桶(おけ)」に寝かされました。あたかも、イエスが、食べ物として生まれて来たことを暗示(あんじ)しているかのようです。そして、最後(さいご)の晩餐(ばんさん)で、パンを取り「これを取って食べなさい。これは、私の体である。」という記念(きねん)を残し、それが、ミサとして現在まで続いております。イエスの誕生(たんじょう)祝(いわ)いがクリスマス(「キリストのミサ」)と呼ばれるのは、大変相応(ふさわ)しいことですね。

幼子(おさなご)イエスの誕生(たんじょう)を祝いながら、私たちひとりひとりに対して抱いて下さる、神様の底なしの想いに感謝(かんしゃ)を捧(ささ)げたいと思います。

カトリックつくば教会担当司祭 山田 宣明