司祭からのメッセージ 2017年10月

「マザーテレサ」(その2)

聖(せい)マザーテレサの記念(きねん)日(び)(9月5日)に因(ちな)んで、先月は、マザーの50年に亘(わた)る「霊的(れいてき)な闇(やみ)」の体験(たいけん)について触(ふ)れさせて頂きました。その時、普通(ふつう)、「愛(あい)を感じる」ことが、愛(あい)の全てと思いがちですし、愛(あい)を感じられないと愛(あい)が欠(か)けていると思いがちです。しかし、マザーは、愛(あい)を感じられず、苦しみの中にあっても愛(あい)しましたと記(しる)しました。

それでは、愛(あい)とは何でしょうか。勿論(もちろん)、「愛(あい)」は神秘(しんぴ)です。「愛(あい)」も「自由」も「心」も「魂(たましい)」も「悪(あく)」も「罪(つみ)」も「死(し)」も神秘(しんぴ)です。人間は「神秘(しんぴ)」に包まれております。「人間」そのものが「神秘(しんぴ)」といえましょう。

「神秘(しんぴ)」は、私たち人間にとって「分からない」ことではなく、「分かり尽(つく)せない」ことです。ある程度は、分かり、これからもっと深く分かることです。

「愛(あい)」は、神秘(しんぴ)ですが、私たちにとって最も身近(みぢか)なことです。キリシタン時代、神の愛(あい)をデウスの「御大切(おたいせつ)」と訳したというのは、興味深(きょうみぶか)いことです。「愛」を「大切にする」と表現(ひょうげん)したのです。

マザーにかかわった司祭は、どなたかを本当に愛するために、「責任(せきにん)を取る決意(けつい)(コミットメント)」、「忠誠(ちゅうせい)」、「傷つく(きずつく)ことを厭わない(いとわない)」ことの3つが必要であると語っております。感情(かんじょう)を超(こ)えた相手との関わりと言えましょう。

 更に深い信仰(しんこう)と愛(あい)の恵みのために、引き続きマザーの取り次ぎを願いたいと思います。

カトリックつくば教会担当司祭 山田 宣明