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競技力向上のためのデータ収集*1

a) トップアスリートのためのスポーツ情報のデータベース化

スポーツのさまざまな情報がデータベース化され検索や比較が出来るようになることは,スポーツ科学のためにも,教育のためにも有効なことであり.また,当然,競技力向上のための基礎データとしても重要なものである.スポーツのなかでも,実際の運動に直接関係があり,また競技力向上にも関係するデータは,大きく分類すると以下の3つに大別することができる.

  • 競技記録や実験データなどの数値データ
  • 文章や解説などの文字データ
  • 映像のデータ

なかでも映像のデータは,スポーツの世界では重要性が高く,有効な情報を多く含んでいる.

これまでにも,トップアスリートの運動を含めて,スポーツのデータは,部分的にはデータベース化されてきていたが,まだ組織的に集められているものではなかった.また,映像の情報がデジタル化されてきたのは,つい最近のことであり,映像も含めてのデータベース化は,これからの分野である.

i) 競技記録や科学データのデータベース

競技記録のデータベースについては,いくつかのweb siteなどでも提供されてきている.例えば,ロサンゼルスアマチュア競技連盟では,1908-1984年までのオリンピックの公式記録をpdfフォーマットで提供<http://www.aafla.org/6oic/report_frmst.htm>している.これは,データベースではないが世界的にみても数少ない競技記録の情報源である.他に,ドイツ連邦トレーニング研究所(IAT)では,レスリングのデータベース<http://www.iat.uni-leipzig.de/wrestling.htm>を運営している.その他にも,各種スポーツの連盟がその種目のデータベースを持っていることも多くなってきている.

競技記録は,記録値そのものの重要性だけでなく,例えばある一人の選手の記録の変動から,トレーニング目標の目安となったり,試合に記録のピークを持って行くために評価基準となるなど,トレーニングのための基礎データとして重要なものである.またマスコミや一般スポーツ愛好家なども記録データを簡便に利用したいというニーズがある.

近年,記録データも情報の電子化の流れによって,より多くの情報が追加されるようになってきている.例えばオリンピックの公式記録でも,予選から最終の決勝までの試合,また,各審判の点数など,よりこまかいデータが記録されてくるようになってきた.また,大きな国際大会などでは,大会期間中にwebサイトを運営し,そこで即時的に競技記録の情報を掲載することも多くなった.このように,情報が多様化し,電子化されてきていることが競技記録の特徴である.今後は,このようなwebでのデータ提供は,webサービスとして検索やデータ提供を統一的にできるようなることが,データをさまざまな必要性に応じて提供するために望ましい.そのためには,記録データのフォーマットを定めるというような作業が必要となってくるであろう.また,大量になる情報をわかりやすく表示するために,記録データもビジュアル化することも今後の記録データベースの重要なポイントとなる.

スポーツを行った時の実験などのデータも,スポーツ記録データをより拡張したものとして考えることができる.しかし,これらのデータをいかに標準化して利用するかというような問題については,まだあまり研究されていない.また,スポーツ科学だけでなく,他の科学データなどの標準化とも足並みをそろえて利用できるようになる必要がある.現在,このような科学データの研究的取組みとして,XML(eXtended Markup Language)を用いたデータの標準化が,いくつかおこなわれている.例えば,DandD Project<http://www.stat.math.keio.ac.jp/DandD/index.ja.html>では,科学的データと記述の一体化を目的としてデータの標準化をおこなっている.また,スポーツの場合は,実験データや科学的なデータ(例えば床反力のデータ),などを数値でなく視覚的に表現することで,それらのデータのもつ意味をわかりやすくすることが必要になる.ここでも記録データと同様にヴィジュアル化の問題がある.

ii) 文章などのデータ

文章によるスポーツの記述は,状況をより抽象的な高レベルに記述したものと考えることができる.例えば,技の名前,ある試合の状況を説明する文,戦術などの表現,コーチングの書物なども文字データとして存在する.しかし,まだ,これらの情報は構造化されて電子化されるようにはなっていないのが現状である.これは,スポーツを表現する道具として,文章だけでは難しい部分があること--例えば速さのイメージを言葉でつたえることの難しさを考えるなら直ちに理解できるであろう,また,言葉が個人的である部分が多いことなどがあげられる.しかし,コーチングでの言葉や表現,戦術などでの表現は,今後のスポーツデータベースを,より構造化していくためには,もっとも必要とされる部分である.

iii) 映像のデータベース

映像のデータは,スポーツのデータとして,競技力向上にも,もっとも役に立つデータである.例えば,柔道の試合まえに,対戦相手の得意技の映像を見る,というようなことは勝敗にも直接関係してくる.しかし,このようなことができるデータベースの仕組みをつくるためには,いくつかの重要な要素技術が必要になる.

  • 映像のデジタル化
  • 映像シーンのタグ付け
  • 映像の配信と,表示のシステム

映像のデジタル化は,近年特に進歩した分野である.現在,映像はほとんどデジタル化されて処理されているといっていい.家庭用でもDVカメラで撮影した時点からデジタル化された映像であり,それをコンピュータに取り込んでノンリニア編集をすることなどが一般的になってきた.映画などもフルデジタルで作成されるものもでてきている.スポーツ映像のデジタル化も,それらの恩恵を受けて飛躍的に進んだ.このように映像がデジタル化されてコンピュータで処理できるようになったことで映像データベースの可能性がでてきた.

取り込んだ映像だけでは,対戦相手の映像を検索するなど操作ができない.そこで,ある時間幅をもった映像にたいし,その何分何秒にどのような運動がおこなわれているかを,時刻と内容で記述するタグを持つことが必要になる,これを映像シーンのタグと呼ぶ.これは,映像をもう一段抽象化して表現しているレベルといえよう.このタグがあることで,数多くの映像の中から必要とするシーンを取り出すことができる.しかし,それぞれのスポーツの場合,必要とするシーンの定義は固有である.そこで,各スポーツ毎で基本の共通となるシーン定義を定め,それに従って映像にシーンタグをつけることが必要である.また,シーンのタグ情報は,映像データベースだけではなく,戦術などの基礎的情報でもある.タグつけのソフトウェアとして,例えばSportsCodeという商品<http://www.do-dada.com/apollo/no15c8/sportscode.htm>などもある.

映像の配信は,光通信などによるネットワークのブロードバンド化によって非常にやりやすくなってきつつあり(2003年現在),今後の発展に大きく期待がもてる.また,映像の圧縮技術も進歩してきており,MPEG-2,MPEG-4圧縮などにより保存,配信などへの負担が少なくなってきている.ただし,現在は過渡期のため,映像のフォーマットがさまざまで統一がとれておらず,いくつかの問題もある.

また,配信とともに,映像データベースの重要な要素として,映像の表示,比較のツールの重要性がある.例えば,ある二人の運動を比較しようというとき,映像を単にみるだけでなく,1コマづつの比較をする,2つの映像を重ねあわせて違いを明らかにする,などの,映像的な道具が必要である.これらの映像のデジタル処理を施すことで運動の違いをはっきり把握することができる.

また,映像に,実験データなど他の情報を付加することで,より有益な情報となる.例えば,力の情報は目ではみえないが,それを視覚化して映像と同時に表示することで,運動の内容が直感的に理解しやすくなる.力以外にもバイオメカニクス的解析で得られたデータを映像に付加することでマルチ視点のデータとなる.これは,実験データの標準化も必要であり,それらの要素の発展により可能になってくるものである.

b) 技術トレーニングへの応用

バイオメカニクスの技術トレーニングへの応用として考えなくてはいけない要素に,

  • 即時的なフィードバック
  • ビジュアルな表現
  • データの蓄積

がある.技術トレーニングに応用する場合,現場ですぐに結果が得られるようなものでないとトレーニングには使えない.また,バイオメカニクス的解析の結果も,ヴィジュアルで直感的に理解しやすいような表現でないと,選手やコーチには受け入れられない.これらの観点を,技術的に解決することでバイオメカニクスの応用が可能になる.

i) 即時的なフィードバック

バイオメカニクス的解析をするためには,位置とともに力の情報が必要になる.力を画像分析で求める方法は,選手に余計なものをつけないという利点はあるが,正確な値が得にくいこと,解析に時間を要することなどから,即時的なフィードバックには適していない.よりダイレクトにデータを得るには,センサーを利用する方法がある.ただし,この方法は,時に身体に余計なものをつける必要があるという欠点もある.

センサーとして利用できるものに,加速時計,ジャイロセンサー,角度センサー,距離センサーなどがある.加速度計やジャイロセンサーは,近年になってマイクロマシンの技術が応用され超小型化されてきたので,利用が非常にやりやすくなった.これらのセンサーを運動のデータが必要な部分に取り付けて計測することになる. 例えば,仰木他[1]は,加速度計を腕にとりつけて,リアルタイムにパンチ力を測定するシステムを考案した.このシステムは,加速度計の時系列のデータと,パンチ力との関係を求め,そこから腕のスイングだけでパンチ力を推定することができる.

今後も,さまざまなセンサーを利用した測定器具の開発が,即時的なフィードバックには必要となるであろう. また,即時的なフィードバックのためには,コンピュータ等でリアルタイムに解析をするばかりではなく,データを遠隔地のコーチなどに送り,そこで人間が判断して結果をフィードバックすることも有効である.そのためには,運動の情報を遠隔地にリアルタイムで伝える必要がある.ブロードバンドを利用すれば映像はネットワークを利用してかなり高速に転送することができるようになったので,撮影した映像をそのまま遠隔地で再生できる.例えば<http://telecom.fujitsu.com/jp/products/nexteye/nexteye_system01.html>など.しかし,ネットワークの転送速度が遅い場合もある.そのような時には,運動のシルエットだけを転送してデータ量を減らすというような方法も研究されている[2].

  1. 仰木裕嗣,安村通晃,宮地 力:身体加速度によるスポーツパフォーマンスの評価,ヒューマンインタフェースシンポジウム'99論文集,pp.621-628,1999
  2. Minoura H., Kuwabara H. and Miyaji C : Silhouette--a remote coaching system using the outlines of a player, The Engineering og Sports 4, Ujihashi S. and Haake S. J. Eds.,654-659, 2002

ii)ビジュアルな表現

ここでのビジュアルな表現とは,映像や動画をさす.運動の伝達には,時間の情報が不可欠である.時間の情報によってはじめて,速度の感じや加速度の感じ(力の感覚)がつたわる.技術トレーニングにバイオメカニクスを応用するときに,この力の感覚を相手に伝えることが重要になる.映像や動画は時間の情報を持っているので,この感覚を伝えることができる.分解写真ではこの速度や力の感じをうまく伝えることができない.このような意味で技術トレーニングへの応用の際の映像の重要さがある.

近年,スポーツ映像解析用のソフトウェアにいくつかの進歩がみられた.これは,デジタル映像が利用できるようになったことをうけて,それを利用するソフトウェアとして考えられたものだ.そのなかでも,DartFish社のDart Trainer <http://www.dartfish.com/en/products/dt.jsp>が参考になる.このソフトウェアは,ソルトレークオリンピックの時にアメリカチームが大会にソフトを持ち込んで利用していたことから一躍有名になったソフトである.

このソフトウェアには,2つの映像の背景を重ねあわせることで,1つの映像で2つの違ったシーンを容易に比較できるようにする機能がある.この機能を利用すると,以下の絵のよう実際には不可能な2人のスキージャンパーをおなじ場所で比較することができる.

ski.jpg

Fig. 1 スキージャンパーの重ねあわせ(DartFish社のサイトより)

また,おなじ背景マッチングの技術を用いて,連続写真的な映像をつくりだしたりすることもできる.このような映像をもちいると,視覚的に運動の違いをみることが出来るために,運動の比較などがやりやすい. 今後,このようなデジタル映像技術を利用した,スポーツのための映像を解析するツールが増えて来てくるものと思われる.

iii)データの蓄積

即時的にフィードバックしたデータを蓄積することで,時間的変化がわかり技術の向上についての情報をえることができる.蓄積は,前説のデータベース化と密接に結びついている.解析などは,実際コンピュータでおこなわれているのでだから,そのデータを蓄積することは難しいことではない.しかし,前説で述べたように,データの標準化を行い,共通フォーマットにしてから,そのデータを蓄積する必要がある.


*1 スポーツ工学便覧より

添付ファイル: fileski.jpg [詳細]

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