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研究の最前線から:ランニングの時に身体が受ける力*1

大数のみなさんこんにちは.今日はすこしスポーツのお話しをします.私は,いまスポーツバイオメカニクスという分野の研究をしています.若かりしころは,スポーツも好きでしたが,大数も大好きでした.この分野はまだ出来て間もない分野で,未知なことも多いのですが,対象が身体のことなので,とても身近で興味が尽きません.
まずは,大数にのせるには簡単過ぎる計算を少し.

1. 100mランナーに加わる力

100mを10秒で走るランナーがいる.そのランナーの重心の上下動を5cm位としてみる.物理の教科書によれば,自由落下については加速度が9.8m/s^2だから,t秒後の速度は,

v = -9.8 t

そして,初期位置と速度を0mと0m/sとすれば,

x =  - 4.9 t^2

になる.そうすると,自由落下の高さと速度の関係は,tを消去すればいいから,

v = sqrt[2 × 9.8 × x]

になる.そこで,重心が5cm落ちるときの落下速度は,およそ1m/sということになる.また,自由落下の高さと時間の関係から,5cmから物を落とせば0.1秒で地面に着く.そこで,ランナーは空中に約0.2sec間浮かんでいることになる.

ランナーの歩幅を3mとしよう.そうするとランナーは平均で33歩で100mを走ることになる.そこで,一歩の中で足をついて,その足が空中に浮かび,次の足が地面につくまでが0.3秒である.その時間の内,0.2秒は空中にいるので,約0.1秒間が足を着いている,ということになる.

こんどは,物の衝突の力学を使う.ある物の衝突前に持っている運動量と衝突後に持っている運動量の差は衝突の時の力積(力の時間積分)である.これは,ニュートン力学の運動方程式f = m aを時間で積分すれば得られる関係だ.

そうすると,はじめにもっている運動量は,ランナーの体重を80kg(質量)とすれば,

80kg × 1m/s

である.ランナーは,同じ速度で地面を離れているから,その運動量の差は

80kg×(1m/s) - 80kg×(-1m/s)

つまり,ランナーが地面から受ける力積は,160kg m/sになる.

ランナーが地面に着いているのは0.1秒なので,0.1*fが力積になる.もしもランナーが地面から受ける力が長方形なら,力は1600kg m/s^2になる.もしもその力が3角形だったら,力の最大値は3200kg m/s^2になる.この1600や3200は,力の単位がニュートン(N)の話しだから,重さにすれば160~320kgwもの重さになっているわけだ.この値は実際にランナーの地面から受ける力を測ってみると大きく見積もりすぎた値ではない.足は体重の2~4倍位の力(!)を受けるのである.

2. ジョギングの時に足に加わる力

そして,大数を読んでいる諸君が走っている時も同じように大きな力を地面から受けていることがわかっている.大体,みなさんがジョギングなどをしているときにも200kg位の重さの力を受けている. そして,この力の曲線は,以下に示すような波形になっている.はじめに鋭いピークをもった力が現われ,そして大きな力のカーブが出てくる.ジョギングなら地面に着いている時間は0.3秒位だが,この鋭いピークは0.03秒位の時間しかない

図-1.ランニングの時,地面から受ける力の波形

この短い時間の鋭い力は,足と地面がぶつかった時に生じる衝撃である.靴をはいて走るのは,この力を和らげるために他ならない.いろいろなシューズメーカが靴底に工夫をこらしてこの力を和らげる工夫をしている.例えばナイキのエアーなどもその一例である.

3.靴底の特性と体の特性

この靴底のように,衝撃を和らげる特性は簡単にモデル的に考えると,下の図にようにばねとダンパーの入ったものと考えることができる.ばねは,衝撃を受け止めてくれ,ダンパーはばねがむやみに振動することを防ぐ.これは,車のサスペンションやいすのクッションなどを想像すればわかりやすい.靴底も数cmしかないが,このような特性が中に入っている.

図-2.ばねとダンパー

おなじように,走っている時の身体の膝や足首もばねとダンパーのような特性をもっているとみることが出来るだろう.ただし,この体のばねとダンパーは,ほんもののばねなどと比べるともっと高性能である.それを話そう.

4.ばねとダンパーからみたランニング

そこで,人間のジョギングを,ばねとダンパーの複合物が地面に衝突したように考えてみる.先に示したような地面から受ける力がでるようなばねとダンパーの組み合わせを探せるだろうか,という話しだ.

もちろん,それを探すときには数学のお世話になる.このばねとダンパーの複合体は,ある運動方程式に書き直せる.そして,ある質量,ばね定数などが決まればどのような力が発生するかがわかる.運動方程式を解くということである.解くといっても解析的ではなくて数値的な答えがわかるということだが.そこで,どの質量やばね定数の組み合わせの時にその衝突の力にもっとも近い数値解になるかをみつけることになる.例えば質量を少しづつ変化させれば,衝突の時の力の波形は変わってくる.そこで,計算した力と実際の力との誤差が一番小さい時を選ぶということになる.これは,誤差の最小値を見つける,という問題になる.

さて,以下にその結果を示そう.一つが人間が裸足で走っている時の地面から受ける力で,もう一つがばねとダンパーにそれを置き換えたときの波形である.完璧に一致はしなくとも,かなり特徴が似ている.例えば,はじめの衝突のピークなどが特徴としてあらわれている.

図-3.裸足の時の計算による力と測定値

5. くつをはいた人間の衝撃を計算する

そこで,裸足の人の衝撃のモデルに対して,靴のモデルを追加することができる.こうすれば,いろいろな靴のデザインするときなどに,どのような力が加わるかを,実際に人間が履かずに計算できるわけである.もともと,そのような目的のために人間の衝撃の計算が出来るモデルを作ったわけだったのだ.

ところが,裸足の人間のモデルに靴を履かせても,靴を履いた人間が走った時に衝撃にはならない.以下の図は1つは,「裸足の衝撃のモデルに靴を足した計算値」もうひとつは「実際に靴をはいたときの衝撃」である.

図-4.裸足+くつの計算と測定値

裸足のモデルが靴をはくと,実際の人間よりも20kgw以上も衝撃を少なく見積もってしまうのである.

これは,以下のように考えると納得できる.つまり,人間は,自分で走りながらばねやダンパーの特性を衝撃にあわせて変化させているのである.裸足の時は,衝撃が大きいので,衝撃を吸収しやすいばねとダンパーの特性になり,靴をはいたら,靴で衝撃吸収が出来るので,人間側の衝撃吸収特性は,裸足ほど大きくはしなくていいようになったと.そうすれば,先の計算は,裸足の衝撃特性に靴をつけてしまったので,実際の人間よりも衝撃吸収が大きすぎたのだ,と解釈できる.

そういう意味で,人間は,状況に応じてサスペンションの特性をダイナミックに変化することが出来る優秀なサスペンションだということができる.ただし,サスペンションの特性を間違えるととてつもなく大きな力を受けてしまうことがある.例えば,歩いていてちょっとした段差を気付かないときビーンと頭までひびくような衝撃を受けることがある,そのような時は,衝撃と身体のサスペンションがうまくあっていないときだ.

6. おわりに

ここでは,ランニングの時にかかる力の話しからの話題を紹介した.走るときの衝撃ひとつでも,靴のとの関わり,人間の衝撃吸収特性などいろいろな要素がからんでいることが感じられると思う.そして,スポーツでの問題だけでなく,いろいろな問題を考えるときに,数学はとてもやくにたつ.計算するための道具であること以上に,物事を,一般的,抽象的にとらえるためには欠かせないものだ.

大数の読者も,これからの将来,数学で身につけた抽象化の方法をさまざまな分野に応用していくことと思う.みなさんの勉強に期待している.

(みやじ ちから.筑波大学体育科学系)


*1 大学への数学:1997年1月号原稿

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