BERCHOUX (Joseph) ベルシュー(ジョゼフ)
1765〜1839 詩人 弁護士
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ジョゼフ・ベルシューは1765年、ロワール県、サン=サンフォリアン=ド=レに生まれ、1839年、ソーヌ=エ=ロワール県のマルシニーで死す。
ベルシューは1801年に「ガストロノミー」<Gastoronomie >という詩を出版した。ギリシア語の <gastoronomia=gastros(胃)+nomos(規則)>からガストロノミーという言葉をつくり出したのだ。はじめてgastoronomieという言葉を使った人物として、美食文学史上に偉大な足跡を残している。この詩が出版されるや、評判となり、ガストロノミーという言葉はあっという間にフランス語として定着する。
ベルシュー自身は特に美食家でも食い道楽でも食通でもなかったらしい・しかし彼の詩の中には料理術、美食術についての多くの教訓が見い出される。
LE GIGOT
J'aime mieux un tendre gigot
Qui sans pompe et sans etalage
Se montre avec un entourage
De laitue ou de haricot.
Gigot recevez mon hommage ;
Souvent j'ai dedaigne pour vousChez la baronne ou la marquise
La poularde la plus exquise,
Et meme la perdrix au choux.
これはベルシューの「ジゴ(羊のもも肉)」という詩である.
私がこよなく愛すのは柔らかなジゴ
華美でもなく誇らし気でもない
チシャやマメに縁どられて
現れるジゴ
ジゴよ、私の賞賛を受けてくれ
私は君のためにしばしば袖にしたのだ
男爵夫人や公爵夫人の食卓で
最高の美味なる肥育鶏を
そして山鶉のキャベツ添えさえも
(ちょっとしたフランス語にも四苦八苦している私ですが、ここに載せた私のつたない訳を見るに見兼ねたフランス語の先生からアドヴァイスがあり、このような訳に落ち着きました。先生、ありがとうございました。感謝しています。)
さて、このサイトにもしばしば登場する「ガストロノミー」「ガストロノーム」という言葉についてこの場を借りて少し考えてみたい。
ガストロノミー<gastronomie>というフランス語は「美食(学)」とか、「料理法(学)」とかいう言葉で訳されることが多いが、ぴったりとあてはまる日本語は思い浮かばない。そして、ガストロノミーの心得のある人をガストロノーム<gastronome>と呼ぶ。ただ、美味しいものを求めて食べ歩くだけでなく、食を一つの文化としてとらえ、その歴史的背景や料理法をふまえ、食卓の喜びについての洗練された嗜好を個人的に深めるだけでなく、時に伝導することによって他人の嗜好をも深めることを助ける人とでも言えばいいのだろうか。その意味で、ブリア=サヴァランやグリモ・ド・ラ・レニエール、ロベール・クルティーヌ、辻静雄などはまさにガストロノームである。
フランスでは本の分類や、検索エンジンのカテゴリーには必ず<gastronomie>の項目がある。日本の検索エンジンの多くが使っているカテゴリー「グルメ」と近い使い方である。日本では「グルメ」という分類が食通や食べ歩き、美味しいものの情報、料理などのレシピの意味合いで使われているのに対し、<gastronomie>という言葉にはさらに文学的、哲学的、歴史的な広がりを持つ。
日本人にはグルメ<gourmet>、グルマン<gourmand>の方がなじみが深い.ガストロノームと同じく、食通、美食家の意味を持つが、グルメは洗練された美食家(ワイン鑑定人の意味もある)、グルマンは美食家でもあるが量を多く食べる食道楽、という違いがある。
しかし、グルメというのはフランス語ではほとんど使われない、どうもこのことばは英語圏経由で日本に入ってきたことばのようである。
さらに加えれば、美食家を表す言葉にグルマンディーズ<gourmandise>とフリアンディーズ<friandise>という言葉がある.グルマンディーズは大食漢の食道楽というニュアンスを持つ。日本人が使うグルメはフランス人の言うgourmandiseにかなり近いのではないかと私は思う。
フリアンディーズは甘いものや美味しいものを少量だけ嗜む人、という意味である.ブリア=サヴァランはフリアンディーズはグルマンディーズの変種だと言っている.ただ、このことばは現代ではあまり使われなくなっている。