Gateau basque ガトー バスク

 バスク地方とはスペインとフランスにまたがる、フランス南西端からピレネを越えてスペイン、ナバラ地方にいたる地域である.
フランス・バスクは北をアドゥール川、東をベアルン地方、南をピレネ山脈に囲まれた大西洋岸の小地方であるが、スペイン・バスクはピレネを越えたナバラ地方の北半分を占めている.
この二つの国にまたがる地方は、料理や言語その他でスペインでもなくフランスでもない独特の文化を持つ.

 たまたまスペインで料理の研究をしている知人にその当りの事情を聞いてみた.
スペインはフランスのようにバター文化が浸透しておらず、オリーブ油を使う事が多い.スポンジケーキやマドレーヌでもオリーブ油やラードを使うそうである.しかしバスク地方はバターを使う事に秀でており、さらに、生地を作り、クレームを詰め、ふたをして焼く、という手の込んだ菓子を作っているあたり、かなりフランスの影響を受けているのであろう、と.
また、生地の上には卍や格子模様が施してある事が多いが(私の写真は非常にシンプルだが)、この模様は「4つの頭」サン・セバスティアン、ビルバオ、ビトリア、と現在ナバラ地方の中心であるパンプロナを象徴し、「バスクの十字架」と称しているらしい.

 さて、フランス菓子の本をひも解くとたいてい紹介されているのがこのバスク地方の菓子であるが、中にクレーム・パティシェールを詰めたものが一般的である.もともとはバスク地方イツァツゥー村の特産のダークチェリージャムを入れていたらしい.
ピエール・エルメは何故ダークチェリージャムを入れないのかという問いに対して、「ジャムは菓子につけて食べる方が好きだから」と答えているが、同感である.

 しかし、この菓子の実体は、となると常に私にはクエスチョンが付きまとっていた.まず、これはとても恥ずかしいことかも知れないので、今まで誰にも言ったことはないのだが、数年前まではお菓子屋さんで見たことがなく、ホントはどんな味なのか長い間私にとって謎であったのだ.もちろん、フランスにたまに出かけたりしていた時にも見のがしたのか、人気がなかったのか、お目にかかることはなかった.
少なくとも何年か前までは、本には必ず紹介されているが、とてもポピュラーなフランス菓子、というのではないことは確かだ.
 本で見かけるルセットも、見るからに美味しくなさそうなのだ.
 実際いくつか作ってみたが、どれも改良したところで2度、3度と食べたくなるような味になる気配すらない.結局長い間、気になる菓子として私の未決箱に入っていたのだか、最近になってやっと美味しそうなルセットに出会った.
エルメ氏の配合である.

 このインパクトのない菓子に何かを足すとしたらアーモンド・プードルだということはお菓子を作るものには誰でもわかる.そして、さらにもうひと味足すなら、砂糖に変化をつけることだ.しかし、アーモンドの風味を足してこの菓子は本当にガトー・バスクであり続けることができるのか、日本人の私には全く自信がなかった.多くの日本人の口に合うように改良・改訂され、いつの間にかオリジナルの味とは似ても似つかない味として定着してしまった菓子を私はいくつか知っている.美味しい菓子を作りたいと思うが、手を加えすぎてその本質が見えないまでに改訂するのは私の本意ではない.
そこに、「フランス人」エルメ氏のアーモンド・プードルやカソナードを使った配合を見付けたのだ.私は心強い味方を得た.
焼き立ては柔らかいクッキーのようで、バターとカソナード、アーモンド、バニラの香りが程よく混ざりあう.熱々のクレームもオツなものである.冷めるとしっとりとコクのある生地となり、クレームと生地が一体化する、忘れがたい食感と風味である.
私のレパートリーにガトー・バスクがない、という長年のコンプレックスからやっと解放された.

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