MADELEINE マドレーヌ・続

 精養軒のマドレーヌの話を読んだ兄からメールが入った.

ところで、××おじさんのマドレーヌの話が書いてありましたが、当時私は中学生でしたがマドレーヌのことまったく記憶にないのです。これはあなただけが「兄ちゃんには黙っときや」と言われてこっそりおすそわけにあずかっていたのではないかと疑っております。食べ物がのどを通らず点滴をしていたくらいだからかなり具合がわるかったはずなのに、当時の私はおじさんが死ぬのではないかという心配はしてなかった。胃潰瘍という話を単純に信じていました。おめでたいというべきか。

私だけが精養軒のマドレーヌをこっそり食べていたということは断じてありません!! 後年、食べ物に執着する道を選んだ私と、理科系に進んだ兄とのメンタリティーの違いが、早くもあらわれていたとしか言いようがない.今でも私は印象に残る食べ物を食べた時のことを思い出すと、その時の味(それは多分に、自分の中で記憶が増幅され、美化されたものかもしれないが)、情景、会話、空気のにおいまでもが蘇ってくる.

 マドレーヌの話をもう少し.
 マドレーヌの作者については諸説があると書いたが、一般にはマドレーヌ・ポミエの作だという説が有力である.アヴィス説は完全に否定している文献もある.ジャン・アヴィス(JEAN AVICE)は19世紀初頭のパティシエでタレイラン邸出入りの当時の有名菓子店”バイィ”(BAILLY)のシェフであった.彼は若きアントナン・カレームを育て、その才能を見抜いていたひとりでもあった.カレームは言っている.「私は多くのものをアヴィスから学んだ、だが模倣はしなかった」と.

 マドレーヌ・ポミエがレクチンスキー王に差し出した菓子は、セドラ(レモンの一種)の香りがしたと言う.今も柑橘系の香りをつけたマドレーヌは多い.
 カレームの弟子、グッフェの配合にもセドラがはいっているものが一番に載っている.(私は原体験が原体験だけに、柑橘系の香りのついたマドレーヌは好きになれないのだが)
 そしてもう一つ、グッフェは「マドレーヌは中は白く、目が詰まっていて、外側は滑らかでなければならない.そのためには粉、砂糖、バターをスパチュラで混ぜるだけでいい」(卵も入るはずだが、原文にはない)と書いている.そして、良く混ぜてフワフワしたものはたとえそれが美味しくても、もはやマドレーヌではない、と.
 材料の組み立てが単純なお菓子だけに、マドレーヌは後年多くの製法を生んだ.1890年刊のラカンの「フランス菓子覚書」にも、卵と砂糖を混ぜるだけ、冷たいまま泡立てる、温めて泡立てると3つの方法があり、卵の量も含めて、軽いものから重いものまで、今日見られるバリエーションが大体紹介されている.
 私のマドレーヌはどちらかといえばグッフェ好みの食感だと思うのだが、彼が食べたら誉めてくれるだろうか.