PATISSERIE パティスリーについて
パティスリー<patisserie>という言葉は最近日本でもかなり通用すようになってきたフランス語だ.
この言葉はパティシエ(菓子職人)を意味する古フランス語<pastitz>から13世紀中頃<patissier>が派生し、14世紀はじめに成立した言葉である.かつては「練り粉菓子」と訳されたりすることもあったが、パティスリーの概念にあてはまる日本語は当然のことながら存在しない.
パティスリーは粉類の生地を基にしてオーブンで焼くものをさし、一般的には甘いもの<douceurs>とデザート<desserts>の分野をさしている.今では菓子作りの技術全般を表す言葉であり、それを製造販売する場所、つまり菓子屋も表す言葉でもある.ただ、我々日本人がふつうにイメージする「ケーキ屋さん」よりはより広い分野を包括している.また、歴史的に見て、パン屋と菓子屋の2つの職種は明確に分離していない.
具体的には、温かいアントルメ、冷たいアントルメ、アントルメ・グラッセ、大小のケーキ類、タルト、ピエス・モンテ、ビスキュイ、プチ・フール等である.また、キッシュ、ヴォ・ロ・ヴァン、トゥルト、ブーシェ、リソル(肉、魚、野菜、ジャム等の詰め物をパートに包んで揚げたり、焼いたりしたもの)、パヌケ(詰め物やクリームを入れクレープ:パンケーキから派生した言葉)等、料理と非常に近い分野でもある.また、グラスリー<glacerie>、コンフィズリー<confiserie>,トレトゥール<traiteure>(総菜屋)とも近縁関係にある.
フランスの菓子屋=パティスリー看板にはよく<パティスリー・コンフフィズリー・トレトゥール>とか、<パティスリー・ブーランジェリー(パン屋)>書いてあって、近接する分野を併設している.いや併設というより、フランス人のパティシエはその近接するいくつかの分野を当然のようにこなすのである.そしてルノートルやダロワイヨといった大きな一流のメゾンは甘味の菓子はいうまでもなくトレトゥールをはじめ近接分野が非常に充実しているのである.
このように、パティスリーが単に「ケーキ作り」とか、「ケーキ屋さん」といった、単純な概念でないのはその古い歴史に遡る.パティスリーの歴史はその近接する分野、職業との権利争いの歴史でもあるのだ.
カエデや白樺の樹液、はちみつ、果物から甘味を作り出すことは有史以前から知られていた.新石器時代に極初期のガレットが穀物のブイイ<bouillie>(粥のようなもの)を太陽の熱で熱した石にのせて焼いたのと似ている.エジプト人、ギリシア人、ローマ人、そしてゴロワ人はケシの実やアニス、フヌイユ、コリアンダー等をまぶしたとうもろこしや小麦、大麦のガレットを作っていた.パン・デピス<pains d'epice>(スパイス入りパン)やプダン<puddings>(プディング)は古代まで遡るし、ギリシア語のオベリオス<obelios>はこうしたパンや菓子をさし、ウブリ<oublie>の語源となり、初期の菓子職人を意味するウブロイユール<oubloyers>を派生させた.そのうえ、彼らはパン・デピスや、肉類、チーズ、野菜のパテを作っていたブーランジェ<boulangers>(パン職人)と混同されていた.
本当の意味でのパティスリーに決定的な推進力を与えたのは11世紀の十字軍である.彼らは東方からサトウキビやパート・フイユテを持ち帰ったのだ.
この頃、菓子屋、パン屋、焼肉屋(ロチスール)、総菜屋はお互いの領分をめぐって絶えず争いをくり返していた.それまでは慣習によって領域が規制されるだけであったが、1270年の法令を皮切りに、職業上の領域が規制されるようになっていった.そしてついに1440年、肉、魚、野菜のパテの独占権を得てパティスリーはブーランジェリーと袂を分かち、新たに同業者組合を作る.
しかしその後も、ハムのパテを巡る争い、プチフールの製造を巡る争い、ガレット・デ・ロワの販売をめぐる争いなどが繰り返された.
今日的な意味でのパティスリーは17世紀に始まり18、19世紀に開花したと言ってよい.
いくつかの画期的な出来事がある.
1638年、ラグノーがタルトレット・アマンディーヌを創作.
1740年スタニスラフ・レクチンスキーを介してババ<Baba>が伝わる.
1760年、アヴィスによる焼いたシュー.
1805年、ボルドーのパティシエ、ロルザ<Lorsa>によるコルネでのデコレーションの発明.
そして19世紀の最も偉大な改革者、アントナン・カレームの登場である.クロカンブーシュ、ムラング、ヌガー、ヴォ・ロ・ヴァン、フィユテ生地などの完成が彼によってなされたと伝えられている.
彼の後に多くの偉大なパティシエが続いた.
ルジェ<Rouget>、ジュリアン兄弟、シブスト、コクラン<Coquelin>、ストレール<Stohrer>,キエ<Quillet>、ブルボヌー<Bourbonneurx>などなどである.
そして彼らはブルダルー、ゴロンフロ、ミル=フイユ、モカ、ナポリタン、パン・ド・ジェーヌ、サン=トノレ、サヴァラン、トロワ・フレールなどの現代のフランス菓子でも欠くことのできない不朽の逸品を作り上げたのだ.