Yの悲劇

ーー免許への道ーー

免許失効
6月23日
ひとは幸福のさなかにある時それに気付かない.しかし不幸はある日突然訪れ、ひとをその渦の中に巻き込む.

次の誕生日あたり、運転免許の更新かな、と久しぶりに免許証を見る.
ななな、何と平成12年の誕生日までとあるではないか.今日は平成13年6月23日、誕生日が10月15日であるから、8ヶ月以上過ぎている計算だ.慌てて、調べると失効6ヶ月以内だと「うっかり失効」とやらで講習のみで再取得できるが、それを過ぎると新規に取得する以外道はないらしい.
それ以外の免除の条件としては、海外にいたか、刑務所にいたか、長期入院していたかしかないらしい.
どんな小ずるい手を使っても免許再取得を勝ち取るぞ、と決意したものの、この数年海外はごぶさたで、パスポートすらきれている.刑務所にも残念ながら入っていなかった.残るは長期入院である.知り合いの医者に頼んでみるか、という思いがチラと頭をかすめる.8ヶ月以上の入院となれば相当な病気だ.ウラをとれば、すぐばれてしまうだろう.「どんな小ずるい手を使ってでも」という思いはあるものの、ここはやはり実力で勝ち取ってやる、という気持ちが先行した.

こうして私は立派な運転免許失効者、無免許になったのである.

憂鬱な日々
運転免許センターで免許をとるということはどういうことなのか、関係者に尋ねてみる.
「みんな、苦労してるよ、仮免で7、8回はざらだよ」

ドヨヨヨ〜〜〜ンとした気分が私を支配する.

急に自信が無くなる.取りあえず免許関係の本を買ってみる.
えーい、他人がどうであれ、私は一発で通ってみせる、という意気込みが全くないわけではないが、日常生活を圧迫してくる不便さと、運転できないというコンプレックスの中で、悶々とした日々を送る.ともかくも仕事以外はの予定は全てキャンセルし、最短距離で免許再取得を獲得するのだ.

仮免学科試験
6月29日
失効が発覚してからはじめて試験を受ける日の都合がついた.
まずは学科試験である.50問のうち、45問の正解、90点で合格である.教本を読み、練習問題もいくつかやったのだが、この時点での私の実力は90点すれすれ、やや不安を抱えての受験である.でもまあ、なんとかなるだろうと、タカをくくっていた.試験を終えた時の感触は、これはヤバい、であった.
結果は88点.落ちてしまった.

学生時代、教習所に通っていた時は、学科で落ちるなんて信じられない、どんな、バカが落ちるのだろうと思っていたのだが、こんなバカが落ちるのだとわかった.
大学入試に落ちた時より、ショックは大きかったかも知れない.無惨に打ち砕かれる根拠のない自信.
はたして私は立ち直れるのだろうか.

仮免学科試験(2)と仮免技能試験
7月2日
今回は満を持しての学科の受験である.落ちるはずがない.
受験番号は95番、あった.
これで午後の技能を通れば、はれて仮免だ.

甘かった.

技能試験の待ち合い室には「常連さん」がたむろしている.
皆、一様に疲れている.もれ聞こえてくる話から、数回は通ってきているらしい.
私のような「失効者」だけでなく、違反や事故で免許取り消しになった人の再取得が多いのに驚く.
観察していると、「失効組」と「取消組」にはややみぞがあるようだ.「失効組」は何も悪いことはしていないのだから、あっさり通してくれてもいいじゃないか、取り消しじゃないんだから、と思っているらしい.

私の前に乗ったのは一緒に学科を受けた失効組のお姉さんだ.
彼女の緊張が伝わってくる.クランクを越え、S字を終わったところで、
「ハイ、点数が無くなりましたので、スタート地点に戻って」
という教官の言葉.

私の番だ.
まず、車との違和感.どんな車に乗ってもこれほど感じたことは今までになかった.運転するのがやっと.よく、動かせていると思う.くどいくらいの安全確認、なんていうけれど、それどころじゃない、指示通りのコースを走るのが精一杯なのだ.前のお姉さん同様、S字カーブを終わったところで、私もお帰り.

クラッチを切り過ぎる(そう、自分の車がミッションなものでオートマ限定にできないのです)、安全確認全然ダメ、徐行は10キロ以下、25キロ出てましたよ、基本からやり直しなさい、だとさ.

無事故、無違反の失効したゴールド免許はここでは何の価値も持たないのであった.

仮免技能試験(2)
7月3日
この年になるまで、数々の経験を重ね、色々な試練も受け、たいていのことにはそうそう動じないと思っていたのであるが、あの狭いコースを走るというだけのことにあれ程までに緊張し、動揺している自分を見ることは新たな驚きである.

さて、今日はどうなるのか.

前回と同じ教官である.一見、人当たりはいいのだが.
緊張はしているものの、1回目とはうって変わって落ち着いている.スムーズにすすむ.クランクを過ぎ、S字カーブを過ぎ、そのまま坂道への指示が出る.やった、完走できるぞ.坂道発進も半クラッチの音が心地よく聞こえる.ゴール地点に戻る.

「Yさん、前回とは別人のようにうまく出来ていました.が、結論から申し上げますと、もう一度来て下さい.車線変更をきっちりやること、左巻き込みの確認は、ハンドルを切る前にやって下さい、大丈夫、ここでとれますよ」

待ち合い室に戻ると、常連が、「2回目で完走できたら大したもんだよ」なんて、おだててくれる.私もその気になって、よし、3回目は絶対合格だ、と確信する.

一条の光が射した.

仮免技能試験(3)
7月6日

ここでは、日頃の行動半径と交友関係からは決して出会わないような人たちと巡り会う.初対面の人間から、「飲酒運転ですか」なんて聞かれたりする非日常の世界である.

「ゴールドだったんだよな」
と名残惜しそうに失効した免許を見せる「中小企業の社長」.

いかに最短距離で免許取消しになったのかを自慢げに話す「現役暴走族」のお兄さん.

隣で行われる「うっかり失効」の講習を恨めし気に見る「電気屋」.

待っている間にも時たま合格者が出る.
3回以内で合格するのはほとんどがオートマチック限定だ.
えーい、そんな半人前の免許なんか欲しくないやい.

だが、今日で仮免取得だ.
これは私にとって規定の事実だ.

教官が待ち合い室に来る.嫌な予感.どこの教習所にも一人はいる、威圧的な態度をとるタイプだ.
しかしこんな輩にへこまされてはなるものか.気を取り直して、発進する.

案の定、試走からぶつぶつと文句が始まった.クラッチを切るな、クラッチから、足を離せなどなど.

ゴール地点に戻った時には意気消沈していた.こりゃダメだ.
「足をクラッチから、離せよ、ずーと乗りっぱなしじゃない.クラッチ繋いで、交差点はいちいち止まんねえで、セコで回るんだよ.それと、徐行、何キロか知ってんの、10キロ以下だよ、25出てんだもんな.ハイ、またきてね」

自信と確信はもろくも打ち砕かれ、気がつけば私も「常連」の輪の中にすっかり溶け込んでいた.

仮免技能試験(4)
7月9日
クラッチ対策、徐行対策は万全だ.
今日通らなくていつ通るというのだ.今日の試験は私のためにあるのだ.

全てうまくいった.流れるような運転である.芸術的とさえ言える.2ケ所ばかり安全確認を忘れたような気がしたが、他は完璧だ.
なのに何故だ!
隣で何やらチェックしている音が、シャッ、シャッと聞こえる.空耳か.いや、やっぱり何かやられている.

「Yさん、徐行、25キロ出てたよ.メーター、ちゃんとみてた?」
「ハイ、ちゃんと見てたんですけど」
「エンジンの回転の方見てたんじゃないの?」

その通りだった.私は隣のメーターを見ていた.
覗き込むと、「減点40」の文字.
徐行違反は減点20だから、これさえなければ合格だったのだ.

仮免技能試験(5)
7月13日
教官のアドヴァイスは小出しにされる.
だが、前回までですべての要素は出尽くした.後はそれを実践するのみだ.
思えば苦しい日々である.建て前の遵法運転を全面的に受け入れ、教習所的免許センター的価値観の前に全面降伏し、時に国家権力におもねり、あいそ笑いを浮かべるのである.

不思議に気持ちは穏やかである.
今日は通る、確信があった.実は前の4回も確信していたのだが...いや今回は根拠があるのだ.どうすれば通るか私は知り尽くしている.

「回数に不足はない、皆のもの、私が通っても妬むでないぞ」
と言い残し、車に向かう.「5回目だから、誰も妬まないよ」という声が後ろから聞こえる.

財津一郎そっくりの教官である.
いい感じじゃないか.
安全確認、徐行、車線変更、クラッチのつなぎ、ポンピングブレーキ、エンジンブレーキ、全て完璧だ.難をいえば、調子に乗ってスイスイ行き過ぎた.停車位置も完璧である.
助手席側に戻り、覗き込む.「合」の文字.
「待ち合い室でお待ち下さい」

長いトンネルの向こうにうっすらと出口らしきものが見えた.

仮免許練習中
仮免許が交付された.
建て前は5日以上10時間以上の路上練習である.
しかしこんなに沢山遵法運転をされたら、近辺の人はたまったものではないだろう.1日だけ路上を走ることにする.

配偶者がニヤニヤしながら運転教本を見て嬉しそうに「仮免許練習中」のカードを作っている.
「デジカメで記念撮影して、みんなにメール送る?」

自宅から少し離れたところまで行って、仮免の札をつけ、運転をかわる.
今何かで捕まってはもとも子もないので「遵法運転」である.
路上での遵法は至難のわざだ.スピードも後続車には気の毒な限りだ.

「遵法運転の日」というのを作り、全警察官を各交差点、道路に配置して取り締まったらどうだろう.日本全国の交通が大混乱に陥り、税収は大幅アップすること間違い無しである.

本免学科試験・路上試験
7月18日
仮免学科の屈辱は忘れない.
何があろうとも本免学科は一発で通らねばならない.
練習問題をやってみる.96〜97点のレベルを維持できている.まず大丈夫だ.

自分で辛く見積もっても94点、まず合格は間違いない.
受験番号118を探す.ない.そんなばかな!
あわててメモを見る.188じゃないか.あった.当然といえばあまりに当然のことではあるが.

午後は技能試験だ.
はじめて仮免の試験を受けた時のような緊張はない.

試験が始まる.車は2台.1台は仮免を通してくれた財津一郎だ.もう1台は厳しいと評判の教官である.私は後者だ.だが相手が誰であろうと実力があれば通るのだ.

コースはそれ程難しくない.運悪くややこしい状況に巻き込まれなければ、何とかなるのではないかという感じだ.
難無く走り切ることが出来た.合格予定であれば、そのままコース内に入って車庫入れである.が、ゴール地点に戻って、という指示.不合格.
「左折、あんなに早く回っちゃってどうすんの.手前でスピード落としてゆっくり回んだよ.いつもはもっとスピードだしてんだろうけど.それとウインカー、あんなに早くだしたんじゃどこで曲がるかわかんないじゃない」(遅かったらおそかったで文句をいうくせに)

またしても徐行に合格の道を阻まれてしまった.

路上試験(2)
7月19日
前回の教官がいったことが不合格の理由の全てであるならば、今回は合格できる.だが油断はならない.教官は、小出しにしか教えないことを私は知っているのだ.

前回とは別の教官だが、これまた厳しいと評判の教官である.
中盤までは完璧だった.隣の教官にも動きは見られない.左折も今回は問題なく徐行できているし、ウインカーのタイミングもいい.
少しややこしい5差路の信号のある交差点を青信号で左折しようとした時だった.左巻き込み確認をしている間に信号が黄色に変わった.
ブレーキ! 
踏んだのは教官と同時だった.教官はフウとため息をつき、そのまま何ごともなかったかのように腕を組んだ.
免許センターも間近になった40キロ道路、安堵感が込み上げ、ふと気がつくとスピードメーターが45近くを指している.ヤバい、スピードを落とす.また、教官のため息.チェックされた様子はない.
場内に入ると、縦列駐車を指示される.だが、安心できない.昨日の教官は不合格者には練習させてくれなかったが、今日の教官は最後までやらせてくれている.
縦列は嫌いではないが、一回では完全とはいいがたい出来だったので切り返してもう少し奥に入れる.
縦列が終わったとたんに、教官は何やら急に、シャシャシャッと用紙に書きはじめた.
ヒエー、今までの減点をまとめて書いてるんじゃないか?やめてよね、これで落ちてたらもう、何をやったら通るのかわからなくなっちゃうんだから.

ゴールに戻る.
「じゃあ、待ち合い室で待っていて下さい、手続きがありますから」

終わった.
熱く、長い3週間だった.

免許取得
路上試験が終わると合格者が集められ、免許交付のための説明が行われる.合格者達は丁重に迎えられ、「おめでとうございます」「御苦労さまでした」を連発される.だが、この場で免許を交付されるのは大特、けん引などで、普通免許には取得者講習と応急処置講習と言うのがあり、近くの教習所で受講した証明をもらい、それを持って警察署ではじめて交付となる.

私の前に合格した人たちの話ではこの取得者講習というのが予約がなかなかとれないということで、9月ごろまで予約が入っているという.取りあえず、家に帰り、近くの教習所に電話する.
案の定、1つめの教習所では、7月は一杯で、8月の予定はたっていないという.これは、予約をとるのに手こずるか、と思いつつ、2けん目に電話、7月24日に1人分空きがあるという.電話での予約は受け付けないというので、その日休みだった配偶者と共に大急ぎで予約に出かける.

取得者講習というのは、高速教習と応急処置講習である.
午前中に高速教習の学科1時間、技能+ディスカッション2時間である.生徒は私ともう1人、同じように再取得のおじさんの2人だけである.2人とも運転経験者ということで特に学科をするというわけでなく、雑談で、教官が女房に逃げられた話を延々と聞かされる.
その後は高速をドライブ.途中サービスエリアで教官にコーヒーをおごってもらい、帰ってからは、もう1人のおじさんも女房に逃げられたとかで、二人は男手で子供を育てる苦労話で意気投合、ディスカッションもその話題で終わる.
午後は他の教習生と共に計9人で応急処置講習である.
1時間の学科と2時間の実習である.
午前8時30分から午後4時30分まで、結構きつかった.だが、1日で全てを終えることが出来たので、よしとするか.

25日、取得者講習の証明を持って警察へ.
やっと免許を手にすることが出来た.

免許失効発覚から1ヶ月、嵐のように過ぎた日々であった.

免許取得までにかかった費用

受験・交付料    36450円
高速バス・タクシー 31470円
取得者講習     13400円
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
計         81320円

・・・完・・・

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このサイトを先に知っていれば1、2度免許センター通いを節約できたかも知れない

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